isumu 学芸員さんに聞きました

なかなかお会いできない学芸員の方にお話を伺うブログです

Vol.7 島田美術館 清川真潮さん

熊本城のほど近くにある島田美術館は、剣豪 宮本武蔵を中心に肥後地方の武人文化に関するコレクションを収蔵する瀟洒な雰囲気の美術館です。

所蔵品の蒐集に努めた島田真富(まとみ)氏の曾孫で、同館で事務局長と学芸担当を兼務する清川真潮さんにお話を伺いました。

(以下清川さんのお話)

 

 

熊本駅、熊本城から車で10分ほどの住宅地にある当館は、収蔵品を蒐集した島田真富が西南戦争後に住んでいた母屋の跡地に建っています。

明治39年頃、武蔵を慕う熊本の有志がいま一度武蔵の本当の姿を顕彰しようと「宮本武蔵遺蹟顕彰会」(通称:武蔵会)を発足させ、真富の叔父が立ち上げメンバーの一員となりました。

その後会員となった真富は昭和30年代まで会長を務めましたが、特に明治終わりから昭和はじめにかけて旧家の伝来品が手放された時に「武蔵先生のものだけでなく、その周辺の武家文化に関わる品々も熊本から散逸しないようにせんといかん」と精力的に活動しました。

 

昭和46年8月に撮影された島田真富氏

 

真富は92歳で亡くなりますが、生涯一度も洋服を着たことがないんです。

「洋服ば着とる者に直垂(ひたたれ)や大鎧(おおよろい)の着付けのわかるか」というのが口癖で、生活では可能な限りの「いにしへ」ぶりを通した生粋の「肥後もっこす」(=熊本弁で無骨・頑固者の意)でした。

そうした信念のもとで彼が残したのが、当館のコレクションです。

 

最晩年の真富は蒐集した史料の一般公開を望むようになりました。

その遺志を孫の真祐(しんすけ/清川さんの父)が継ぎ、昭和52年に当館を立ち上げました。

公立でもなく、企業の後ろ盾もない小さなプライベートミュージアムですから、常に資金難で運営は手探り状態でした。

初代館長を40年近く務めた真祐も7年前にこの世を去り、残された者として常に限界を感じつつもなんとか現在に至り、今年で開館46年目を迎えます。

 

武蔵肖像:基本的に武蔵の月命日5月以外はレプリカを展示

 

収蔵品の中で最も有名なものは、当館唯一の県指定文化財宮本武蔵肖像」です。

この肖像画は武蔵の熊本での弟子筆頭だった寺尾家に伝わり、二天一流の流祖の尊像として大切にされてきたものです。

一昨年、長年の汚れや折れを修復し、描かれた当時の姿に戻りました。

ここに描かれる武蔵の姿勢と表情が、武蔵の著書『五輪書』の「水の巻」で語られる「兵法身なりの事」とよく重なることが特徴です。

 

五輪書 風の巻』写し 島田美術館所蔵

 

五輪書』は、いまでこそ日本のみならず海外でも親しまれていますが、実は武蔵没後260年あまりもの間、流派内だけで受け継がれてきた秘伝でした。

これを公開したのが、宮本武蔵遺蹟顕彰会です。

結成間もない明治42年に武蔵の事績をまとめた、通称「顕彰会本」と呼ばれる本を出版し、その中で『五輪書』が初めて公刊されました。

 

武蔵がこもって『五輪書』を著したという霊厳堂(熊本市

 

熊本で生まれ秘伝となった『五輪書』が、再び熊本から発信されたのは、ここ熊本に霊巌洞や塚や供養塔、武蔵が拝領していた屋敷の井戸跡があり、また旧藩主細川家や八代城主松井家を中心に自筆の書画や公的記録の類が少なからず残っていて、宮本武蔵なる歴史的人物が現実に存在したという実感が、熊本の人たちにあったからでしょう。

真富たちは常に「武蔵先生」と親愛の念をもってその名を口にしていましたから。

 

不動明王立像」(公益財団法人島田美術館寄託)

 

こちらは霊巌洞で武蔵が彫ったと伝わる不動明王の木彫像です。

宮本武蔵遺蹟顕彰会では会長の島田真富が講演を、二天一流鶴田派15代宗家の松永展幸氏が演武を行う形で全国行脚をしていました。

この不動明王像は、その二天一流鶴田派17代宗家に伝わるものを当館に寄託いただておりまして、現在常設で展示しています。

 

二天一流鶴田派17代宗家 松永和典氏

 

松永さんご登場

「この不動明王は眼光鋭く、大ぶりの剣を右上段に構えて岩の上に立っています。

まるで剣術の構えのようでしょう。小さいながらも気迫に満ちた名品です。

島田美術館で360度じっくりご覧ただきたい」と松永氏。

 

実は現在、当像の宝剣を実寸大でレプリカにし、レターオープナーとして商品化するプロジェクトを進めています。今秋には発売予定なので、ぜひ楽しみにお待ちください!

 

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当館では季節に合わせた企画展も行っており、8月31日までは「森本錦絵コレクション 雪景に涼む」を開催中です。

暑い夏に雪の情景が描かれた浮世絵で涼んでいただく企画で、熊本城下にある森本襖表具材料店が明治から昭和初期にかけて蒐集した浮世絵コレクションから、二代歌川芳宗の作品『撰雪六六談』を紹介します。

 

表構えが移築された森本襖表具材料店

 

この浮世絵作品とあわせて見ていただきたいのが、これを蒐集した森本襖表具材料店の一部を設えた別館です。

明治19年築の商家建築で、ガラスや鉄が普及する以前の店構え、室町時代の洛中図にも登場する構造の名残りをとどめた希少な建築です。

2016年の熊本地震で被災した際、解体を惜しむ地域の人たちの手により店構えの一部を当館へ移築しました。

ギャラリーとして活用することで、歴史的遺物として風化することなく、美術館の一部として新たな機能を担う存在となっています。

 

武蔵関係の史料しかり、地域の人たちが切に残したいと心を寄せたものこそが文化財だと思います。

小さいながら、その思いに応えられる美術館でありたいと思っています。

 

 

<プロフィール>

清川真潮 きよかわましお

島田美術館学芸担当・事務局長

1973年生まれ。奈良大学文学部史学科卒、2013年より現職