東京都は港区虎ノ門。オークラ東京の目の前に位置し、現存する日本最古の私立美術館であるという大倉集古館。
2026年7月28日(火)から開催している企画展「祈りと救いの美 ――国宝 普賢菩薩騎象像との出会い」に際し、学芸部長の平塚泰三さんにお話しを伺いました。
(以下、平塚さんのお話)

明治から大正時代に活躍した実業家 大倉喜八郎(1837~1928)が、廃仏毀釈によって仏教美術の文化財が寺外に売り払われ、海外にも流出し散逸している当時の現状を憂い、私財を投じて買い集めたのが当館のコレクションの始まりです。
現在のオークラ東京を含めたこの一角というのはもともと大倉邸だったのですが、明治35(1902)年にここに喜八郎の収集品を公開する施設が造られました。
その後大正6(1917)年にこれを財団法人化、大倉集古館という美術館になりました。
これが現存する日本最古の私立美術館です。

旧展示室 *画像提供:大倉集古館
大きな木彫像などが所狭しと並んでいたのですが、残念ながら1923年の関東大震災では大きな被害を受け、1/2とも3/4ともいわれる所蔵品が焼失してしまいました。
その後1927年に、平安神宮や明治神宮、築地本願寺などを担当した建築家 伊東忠太(1867~1954)による設計のもと、現在の館ができました。
中国風の、孔子廟のような建物で、2階天井のレリーフや窓枠など、至るところに伊東忠太デザインのモチーフが当時のまま残っています。

照明の入った木製フレームの2つの展示ケースも、中身はすべてリフォームしていますが、フレームは100年前の伊東忠太デザインのものなんですよ。だからスタッフの間ではこれを「忠太ケース」と呼んでいます(笑)。

100年前から使用されている忠太ケース *画像提供:大倉集古館
当館所蔵の国宝は3点あって、ひとつは鎌倉時代13世紀の絵巻物「随身庭騎絵巻」。馬に乗った廷臣の姿を描いた似絵(にせえ:平安後期から鎌倉時代にかけて流行した大和絵の肖像画)の名品です。
それから「古今和歌集 序」があります。本巻は最初の勅撰和歌集である『古今和歌集』の平安時代の写本で、紀貫之が著した仮名序の本文を完存しています。
国宝 随身庭騎絵巻(部分) *画像提供:大倉集古館

国宝 古今和歌集 序(部分) *画像提供:大倉集古館
3つ目が当館の至宝の中の至宝、普賢菩薩騎象像です。

国宝 木造普賢菩薩騎象像 *画像提供:大倉集古館
東京23区内で所蔵される唯一の国宝仏像です。
平安時代12世紀の院政期といわれる頃の作品で、端麗で美しい姿、粋(すい)を凝らした上品な装飾が特徴です。

まずこのお顔がきれいですね。平安時代後期の木彫像の中でも特に気品があります。
これだけきれいにふっくらとした顔の像はなかなかありません。
象の下の台座まで、すべて当初のものである点は大変貴重です。
各所に残る彩色も造像時のもの。当時の彩色原理は「紺丹緑紫(こんたんりょくし)」と表現され、紺・赤・緑・紫が基本原色で、これをぼかしたりして色を作っていきます。

着衣の箇所には截金がよく残っていて、きらきらと光っています。
この展覧会では光を当てて彩色や截金をよく見えるようにしていますので、ぜひ単眼鏡などでじっくり見ていただきたいですね(単眼鏡は当館受付でもお貸出ししています!)。
像の後ろ側にも回り込めるようにしていますし、なんといっても今回はすべての作品を写真撮影可にしています。
造像の経緯や由来などはわかっていませんが、東京国立博物館初代館長となった町田久成から大倉喜八郎が譲り受けたと記録に残っています。
1900年のパリ万国博覧会にも大倉喜八郎の名前で出陳されていますので、1917年に大倉集古館ができる前に喜八郎のもとにあったと考えられます。
関東大震災の際には、職員が本像を持って避難させたという逸話が残っています。おかげで今日もここにこうしていらっしゃるのですね。
存在自体が周囲の空気を清らかにするような、静謐な感じというんでしょうか、そういう感覚を与えてくれるお像だと思います。

今回の展覧会「祈りと救いの美 ――国宝 普賢菩薩騎象像との出会い」は、当館のコレクションの核のひとつである仏教美術を6章に分けて展示し、仏教美術の流れを紹介しています。
仏教美術の展覧会は意外に少なく、本像も当館では4年ぶりの出陳です。
館外に貸出すことがほとんどない作品なので、ぜひ当館の至宝であり、23区内唯一の国宝仏像、普賢菩薩騎象像に会いに来てください。
よろしくお願い致します。
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2026年7月28日(火)~9月27日(日)
大倉集古館 企画展 「祈りと救いの美 ――国宝 普賢菩薩騎象像との出会い」


<プロフィール>
平塚泰三(ひらつかたいぞう)
大倉集古館学芸部長
慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了。2023年より現職。
























































