isumu 学芸員さんに聞きました

なかなかお会いできない学芸員の方にお話を伺うブログです

Vol.10 浜松市美術館 島口直弥さん

1971年、浜松市の市政60周年を記念し、浜松城のすぐ近くに建てられた浜松市美術館。市民に身近な美術館として50年以上の長きにわたり愛されています。

こちらで学芸員をされる島口さんにお話を伺いました。

(以下、島口さんのお話)

 

 

内田六郎さんという当地のお医者さんが美術品のコレクターで、浮世絵や大津絵、ガラス絵などのコレクションを寄贈していただいたのが当館の始まりです。

この「内田コレクション」と、中国の金銅仏や石仏といった仏教芸術に関するラインナップの「小杉コレクション」、この2つが当館の核となる収蔵品です。

 

所蔵品 「草と赤土の道」岸田劉生

 

これらに加え、最近は当地にゆかりのある作品も蒐集しています。

例えば「麗子像」で知られる岸田劉生は、浜松に山本貞次郎というパトロン・コレクターが在住していました。

今、東京国立博物館にある有名な「麗子微笑」(重要文化財)も、以前は浜松にあったものなんです。ですから≪草と赤土の道≫という草土社(岸田を中心に創設された洋画団体)に関連する作品も所蔵しています。

 

2021年企画展「みほとけのキセキー遠州三河の寺宝展ー」

 

当館は開館から今年で52年目を迎えます。

2年前の2021年には、開館50周年記念として地域の仏像を集めた「みほとけのキセキー遠州三河の寺宝展ー」という企画展を開催しました。

ここでは、琵琶湖と同じように、浜名湖周辺の水辺や街道沿いに平安・鎌倉仏が多く残っていることを示す展示をしました。

その後、調べていくうちにこのテーマがより明確になったので、これを主題として、この10月から「みほとけのキセキⅡ ―遠州・三河のしられざる祈り―」を開催することになりました。

天竜川河口西岸に頭陀寺(ずだじ)というお寺があるのですが、これが遠江国唯一の定額寺(じょうがくじ/国分寺に順ずる寺院)でした。

東岸の磐田市には、言わずと知れた遠江国分寺跡があります。

この天竜下流域の東西に古い仏像が伝わることから、この地域も仏教文化が栄えた地域だったと言えるでしょう。

前回展は、浜名湖周辺の仏教文化圏を主軸としていたんですが、今回は天竜川を含め、その他の水辺にもスポットを当てています。

生活をしていくうえで水は欠かせない存在で、神聖なイメージもあります。

そこに人が集まり、寺院が建てられ、仏像も造られていたんですね。

 

定光寺 千手観音立像 磐田市指定文化財

 

この展覧会でまずお勧めしたいのはこちらの千手観音立像です。

12世紀の仏像で、作りが非常に都的、スタイリッシュ。

円満で穏やかな顔や浅くて流麗な衣の彫りで、造形的に誇張せず、必要最低限で表現をしています。

都の仏師が造った、または携わったと見ています。

定光寺蔵となっていますが、隣の旧蓮華寺観音堂で、地域の人々も含め大切に守られています。

この辺りには平安時代に池田荘という荘園がありました。荘園領主の藤原俊盛は天皇家と親戚関係にあり、都との関係が深かったと思われます。

だからこそ、この地域に都らしいこの像が残されているのではないかと考えています。

この像は一室にドンと大きく展示をして360度見られるようにしますので、通常なかなか見られない背面や側面をじっくりと見ていただきたいですね。

 

<島口さんから お像の搬入時の貴重な画像をお借りしました>

厨子から姿を見せる千手観音立像

 

搬出前のコンディションチェック

 

業者による梱包を終えた千手観音立像

 

女神坐像 府八幡宮

 

もう1つ、この女神坐像もイチオシです。

像高48.3センチと大きなものではないのですが、一木造りで体の中央に木の節がそのまま出ています。

神木、霊木を用いて、その木から現れたように造られているんですね。

過去に公開したことは一度もない貴重な像です。

 

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前回展は興業的にも成功して、多くの来館者にも喜んでいただけたのですが、特に文化財をお貸しいただいたお寺の方に本当に喜んでいただけたのが嬉しかったです。

「これはもう2回目をやるしかない」と思い、今回の開催に至りました。

今回の展示で、遠州地域の仏教文化圏について丹念に追って理解していただくのも嬉しいですし、何も考えずに展示室に入り、仏像一体一体と対峙して、その造形のよさや美しさをじっくり味わっていただくのも一興です。

「よい仏像を集めている」という自負がありますので、展示された像と向き合って、じっくり対話していただきたいです。

 

学芸員をしていて、自分が興味・関心の高い分野・事象を調査し、その現物に触れられること、その研究成果を展覧会という形で皆さんに楽しんでもらえるという一連の過程に、楽しさとやりがいを感じています。

今回の展覧会もその1つです。

この「みほとけのキセキⅡ」に向けた調査研究をする中でも新しい発見がたくさんありました。

今後「Ⅲ」 「Ⅳ」…と企画を続けていけたらいいなと思っています。

 

企画展「みほとけのキセキⅡ展 ー遠州三河のしられざる祈りー

期間:2023年10月14日(土)~12月3日(日)

 

<プロフィール>

島口直弥 (しまぐちなおや)

静岡大学卒業(2008年) 浜松市美術館学芸員浜松市教育委員会指導主事、静岡大学情報学部非常勤講師、袋井市文化財保護審議会委員(2023年現在)

企画した主な展覧会は「仲山計介展-エオンタ 存在するモノ達-(2020年)」、「みほとけのキセキ-遠州三河の寺宝展-(2021年)」、「ハイジ展-あの子の足音がきこえる-(2022年)」、「みほとけのキセキⅡ-遠州三河のしられざる祈り-(2023年)」(すべて浜松市美術館単独オリジナル企画)。その他、巡回展多数担当。